駿河画廊





オーギュスト・ロダン『考える人(大)』

クリックで画像拡大
クリックすると別ページで拡大します
クリックで画像拡大  クリックで画像拡大  クリックで画像拡大  クリックで画像拡大  クリックで画像拡大
商品番号:B4984
 

技法(種別): ブロンズ像
外寸: 本体:高さ380×幅220×奥行330(mm)
内寸:  

状態:良好 台付(数個所傷があります) 
 
165,000円(税込)

銅には「安らぎ」や「感性」など、人に与える独特な効果があると言われています。
また、銅を扱う人は「病気にならない」と言われます。
銅の抗菌・除菌作用で環境や人体の廻りがいつも清潔であり、銅を扱う際、人体に必要な金属に接して
微量ながら適当に摂取し健康を保っていると考えられます。

■フランスワ=オーギュスト=ルネ・ロダン(Francois-Auguste-Rene Rodin)■
1840 11月12日、パリの下町で警視庁の書記の息子として生まれる。
   14歳で工芸実技学校に入学し、その後、帝国素描・算数専門学校に入学して美術を学ぶ。
   さらに、芸術家の登竜門であった国立美術学校エコール・デ・ボザールの入学試験に臨むが、
   三回失敗し、入学を断念。
   それ以後、古代ギリシアのペイディアスとルネサンスのミケランジェロを師にして、ほぼ独学で彫刻を学んだ。
1863 ロダンの良き理解者であった姉・マリアが修道院で自殺。
   敬愛する姉の死にロダンは自らを責め、聖サクラメント修道会に見習い修道士として1年余りを過ごす。
1864 『鼻のつぶれた男』をサロンに出品するが、あまりの酷評にショックを受け、12年の間作品を発表しなかった。
1877 長い沈黙を破って『青銅時代』を出展。
   極めて緻密でリアルな作品だった為に、作品に対して疑いをかけられるも、二年後に容疑が晴れ、
   審査員は、ロダンの彫刻に対して賞賛の言葉を送り、ロダンの名は一気にフランス中に広まった。
1880 国立美術館のモニュメント製作を依頼されるが、構想がまとまらず、
1888 美術館の建設計画は白紙に戻り『地獄の門』の製作中止命令が届くが、ロダンはこれを断り、
   金を払って『地獄の門』を自らの物とし、彫り続けた。
1889 『地獄の門』を覗き込む男を発表。
1917 11月17日、逝去。享年78歳。『地獄の門』は未完に終わる。

フランスの彫刻家。19世紀を代表する彫刻家とされ『近代彫刻の父』と称される。

【本体】
寸法:高さ380×幅220×奥行330(mm)
重量:約10Kg

【台座】
寸法:高さ55×幅330×奥行360(mm)
重量:約2Kg
75000 - 300000 - 150000 オブジェ
置物 彫刻 男性 地獄の門 ED: 
TOP